父のこと

火 旧暦 2月29日 赤口 乙巳 三碧木星 Otto Ottilia V15 23436日目

僕がまだ小さかった頃に、父は地球儀を指差して戦争に行った時の話をしてくれたことがあったようなぼんやりした記憶がある。が、僕の精神年齢が幼くて、ただ聞き流しただけであった。ある程度成長して歴史に興味を持つようになってからはそういう話を聞く機会が無かったので、もっとしっかり聞いておくべきだったなと思うことが良くあった。この前、日本に帰った時に納戸の整理をしていたら1枚のメモが見つかった。そこには次のように書かれていた。

昭和13年4月1日  台湾總督府台中師範學校演習科入學

昭和15年3月27日 同校卒業

昭和15年3月31日 台南州新営郡塩水小学校勤務 当時の住所 台南州新営郡塩水街岸内189番地

昭和17年7月23日 台湾歩兵第二聯隊補充隊に応召

              シンガポール、ジャワ、チモール島派遣。チモール島にて終戦

昭和21年6月26日 チモール島よりスンバワ島を経て名古屋上陸。召集解除。

このメモを見て、終戦から引き上げまでの長い時期に父はどんな気持ちでいただろうかとか、名古屋に上陸した時の気持ちはどんなであっただろうかと想像した。あの野蛮極まりない軍隊の中で4年近くも過ごしていると、どんな人も性格が変えられてしまうのではないかと思う。そういえば僕が小さかった頃は、今の感覚からすると信じられないほど、人を簡単に殴る光景をあちこちで見たように思う。あれは戦争から復員したものたちによる戦争の後遺症であったのだろうか。