また間違えて、、、

木 旧暦 8月20日 先負 丙戌 八白土星 寒露 Nils V41 22157日目

日本に来て二日目。台風の影響は首都にも及んで、風の強い一日であった。今回の出張は失敗ばかりしているが、幸運に恵まれていずれも大事には至っていない。スウェーデンの家を出発した時、同居人は朝早くから仕事に出ていたので、僕は戸締りをしてからタクシーでバスステーションへ行った。バスは時間より早く来たのであるが、いつものバスと様子が違う。長距離バスのライン番号も行先表示もない。しかし、時刻表に合った時間に来たバスだから、このバスが自分の乗るべきバスかもしれないと思った。そのことを運転手に確かめようと入口に近づいたが、ステップは込み合っていて、大きな荷物を外に置いたままで運転手に声をかけることが出来ない。すると運転手に何か二言三言尋ねてからその混雑をすり抜けるようにして降りて来た女の人がいた。運転手に聞かなくてもこの女の人に聞けば早いかと思って、「このバスはStockholmへ行きますか」と聞いてみた。女の人は即座に「いいえ、Norrköpingよ」と答えた。見ると少し離れてそのバスに乗るそぶりも無い人の群れが行列をなして待っている。そうか、この人たちも Stockholm へ行くんだなと思って、その行列の後に並んだ。そのバスが静かに出発してから5分もしないうちに次のバスが2台続けてきた。2台ともライン番号も行先表示も明確に表示している。が、いずれも Stockholm とは反対方向に向かうバスであった。おかしいぞと思っていたら、並んでいた人たちは2台のバスに分かれてするすると吸い込まれて行った。そうして2台とも発車して、あとにひとりポツンとバス停に残された時、初めて僕は、最初のバスが自分の乗るべきバスであったに違いないことを悟った。なぜあの女の人は間違ったことを僕に教えたのだろうかと考えた。やはり僕の語学の力ではこのような簡単なやり取りさえ出来ないのかと悲しかった。思い当たったことがある。僕は「このバスはStockholmへ行きますか」と聞いたつもりであるが、言い方が悪かったに違いない。社交的な挨拶に慣れているこの女の人は僕の質問を「あなたは Stockholm へいらっしゃるのですか」と勘違いして解釈して、答が「いいえ、Norrköpingよ」となったに違いない。ああ、僕には何故「あなた」を主語にした洗練された会話の基本が出来ていないのだろうと、また悲しかった。しかし、今はそのようなことを悲しがったり、間違いの謎が解けたことを喜んだりしている場合ではない。ここに留まって次のバスを待ったのでは飛行機に間に合わなくなるのは明らかだ。またタクシーを呼んでここから移動せねばならない。でもどこへ?いくつかの方法が浮かんだ。1kmはなれた鉄道の駅へ行って、間に合う電車がないか調べる。6km離れたSkavsta空港へ行って Stockholm行きのバスが無いか調べる。2kmはなれたレンタカー屋へ行って、空港乗り捨ての車を借りられないか聞いてみる。あるいはここで電子計算機を荷物から取り出してそれらの時刻を調べて移動する、など考えたが、いずれの方法をとってもすぐに20分や30分は経ってしまう。ぐずぐずしているうちに飛行機に乗り遅れでもしたらそれこそ一大事だと思い、逡巡の末に100km離れた Stockholm までタクシーで行くしかないと覚悟した。タクシー会社に電話すると録音テープが流れて、今混んでますから待ってくださいと言う。急ぐ時には困ります。ようやくつながった。「時間には間に合っていたのに間違えてバスに乗ることが出来なかった。Stockholm までやってくれますかと聞いた。日本のタクシー会社ならはい分かりましたと答えるであろうが、応対に出た人は、僕に同情を示してくれて、今から20分後に Stockholm へ行く電車があるからそれに乗ってはどうですか、タクシーの行先は Stockholm では無くて、鉄道駅で良いですね。すぐに行きますよ」と優しく言ってくれた。僕はホッとして、「そうですか。貴重な情報をありがとう。ではそのようにお願いします。」と受話器を切った。こうして人の親切に支えられて、僕は電車で空港へ移動し、無事に飛行機に乗ることができた。