ニュースや新聞記事などをみると、よく「日本は先進国の中では一番、、、」と云ふ表現を見かけることがある。どの国が先進国だなんて誰が決めるのだらう。日本人は誰もが自分たちは先進国の一員だと思ってゐるフシがある。それは心のどこかでアジアの近隣諸国を蔑視、とまではいかなくても低くみる感覚とつながってゐるかもしれない。こんなことを書く自分も同類かもしれない自戒を込めていふのだが、しかし、日本はいまや果たして先進国と呼べるのかなと疑ふ時がある。祖国を大切に思ひ、日本人として誇りを持って生きることはもちろん大事だと思ふけれども、思ひあがって、そのことに自分で気づかないでゐると危ないことになる。常に「このままではダメになるんぢゃないか」と云ふ危機意識を持つことが大事かなと思ふ。幕末の日本人は、黒船に代表されるような西欧文明に恐れを抱いた。このままでは、アヘン戦争で清国がイギリスにやられたのと同じように、日本もやられてしまふのではないかとみんなが恐れた。こと機械文明に限っていへば、日本は遅れた国であると誰もが率直に認めてゐたのである。そんな不安から生ずる危機意識がその後の日本の発展の基礎になったと思ふ。太平洋戦争が終はって80年以上経ったが、終戦直後からの30年ほどは、まだ戦前の精神的な雰囲気が引き継がれる部分もあったから、つまり当時は本人の意思で自己を律する精神の持ち主が多く残ってゐたから、驚くほどの速さで焼け野原からの復興ができた。けれども戦後80年が過ぎた今、そんな人たちも舞台から遠ざかり、日本は本当の意味で敗戦の悲哀を味はってゐるのだと思ふ。僕は日本と云ふ国が軍国主義的に強くなってほしいなどとは毛頭思はないけれども、自由と民主主義の解釈をはき違へて、あまりにも自分勝手な人間が増え過ぎた現代社会、さらには全体的に幼稚になってしまった社会に嫌気がさしてゐる。日本をそんな社会にすることこそが連合国側の深淵な百年の意図であったのかもしれないのだが。
