火 旧暦 4月9日 赤口 庚寅 三碧木星 上弦 Yvonne Jeanette V22 23121日目

同居人は朝早くから仕事に出かけた。その後で僕はゆっくりと出かけた。ところが家を出る段になって鍵が無いことに気づいた。ポケットに鍵をしまうとズボンがすぐに悪くなるので、いつも小さな黒い袋に入れてそれをベルトに通しておくのである。最初のベルト通しと二番目のベルト通しの間に置くのでベルトを外さない限りは落とすことが無い。それなのにその小さな黒い袋が今朝はベルトについていないのだ。目を疑った。あせった。自分の家の鍵だけならともかく、会社の鍵も付いているのだ。紛失でもしようものなら始末書を書くだけでは済まないかもしれない。昨日の夕方帰宅した時、自分でドアを開けようとしたら、同居人が「お帰りなさい」と言って内側からスーッとドアを開けてくれた。こんなことは年に一度あるかないかだ。でもあの時、自分で開けようとして鍵を手に持ったことまでは覚えている。ということは、どう考えても鍵は家の中にあるはずだ。いや、鍵を手に持ったのは確かだろうか、記憶があやふやじゃないのか、と思うとまた不安になる。どうして同居人は昨日に限って迎えに出たりしたんだ、と八つ当たりする。いつもズボンを脱ぐ場所をはじめとして、かばんの中やヘルメットの中や、考えられるところをすべて探したが出てこない。家の中に無いとすれば、同居人が寝ぼけまなこで僕の鍵を間違えて持っていったということはないだろうかと思って、電話をかけてみた。「そうなのよ、ごめん」という声を期待して電話をかけたのだが、「エーッ、本当?」と言って驚くのであった。鍵が無ければ外へは出られない。今日は会社を休むしかないかと思った。まもなく同居人が自動車で帰ってきた。「こんな時間に帰って来て大丈夫なのか」「ちょうど休憩時間よ」家を探し始めた同居人は5分もしないうちに僕の鍵を見つけて「ジャーン。ここにあるじゃない」と言う。それで助かった。同居人は自動車で、僕は自転車で、仕事に向かった。鍵は同居人の椅子の脚のところに引っかかっていたのだという。昨夜机を借りた時に座りながら無意識にベルトを外して落っことしたらしい。僕の居た場所を重点的に探したのだと言う。今日帰った時には出迎えは無かった。そうして食事をする間なんだかいつもより元気で得意でずいぶん押された。