保津川下り 嵐山へ

日 旧暦7月10日 仏滅 壬午 三碧木星 Lars 12e. tref. V32 21732日目

朝、ホテルの前でクラス会は解散したのであるが、その後、名残を惜しむように、時間のある人は亀岡から保津川下りをしようではないかという案があって、これに乗ったものが9名。出張の合間に観光旅行など本来はいけないことであるが、滅多に来ないところでもあるし、休日はどう使おうと構わないという気も働いて、結局僕も乗った。船は9時45分ころに出発して、夏の緑の渓谷を下った。流れは広きあり狭きあり、深淵あり、浅瀬あり。時々急流があってややスリルがある。川の水位は低い方であった。櫂のしずくが時折身にかかる。鉄道が川沿いに走ったり、川を橋で横切ったりする。昔の山陰線を、今はトロッコ電車が走っている。新しい山陰線はまっすぐにかかっているのであるが、川が蛇行している為に、鉄橋は幾度と無く川の上を横切るのであった。売店の船が並んで水の上をすべって来た、並んでいる間にビールや飲み物などを買うのである。11時30分ごろに嵐山についた。渡月橋の手前で船を下りた。いつも桂川と呼んでいた川は渡月橋より上流では保津川と呼ばれることを今日知った。