平家物語「城南之離宮 4」

2022-06-30 (木)(令和4年壬寅)<旧暦 6 月 2 日>(先勝 甲寅 九紫火星) Elof Leif 第 26 週 第 26811 日

 

平家物語は軍記物語でありながら、随所に歌が挿入されたり、また、清少納言の「枕草子」を思はせる様な美しい記述の部分もある。「城南之離宮(せいなんのりきゅう)」は、平家物語巻第三の最終章である。時代は治承三年の年末であるが、その最後の部分の描写は感動的だと思ふ。地球といふ星がまだ美しかった頃の京の外れの、治承三年の冬の風景が描かれてゐる。

法皇は城南の離宮にをられて、冬もなかばお過ごしになった。野山の嵐の音のみはげしくて、寒庭の月の光ぞさやけき。庭には雪のみ降り積もれども、跡ふみつくる人もなく、池にはつらら閉ぢかさねて、群れゐし鳥も見えざりけり。大寺のかねの聲、遺愛寺の聞きを驚かし、西山の雪の色、香炉峰の望みをもよをす。夜霜に寒き砧の響き、かすかに御枕につたひ、暁氷をきしる車のあと、遙かに門前に横だはれり。巷を過ぐる行人征馬の忙しげなる気色、浮世を渡る有様も思し召し知られて哀れなり。「宮門を守る衛士が夜も昼も警備に当たってゐるが、前世にどんな契りがあって、警護されるものとするものといふ関係が生じたのだらうか」と法皇がおっしゃるのは恐れ多いことであった。およそ、目に触れる何事につけても、御心をお痛めにならないことはなかった。この様な辺鄙なところでお暮らしなさるにつけても、かつての何かの折のご旅行や社寺詣でその他の行事の楽しかったことなどが思ひ出されて、懐旧の涙を抑へることが難しいご様子でゐらっしゃった。古い年は去り、新しい年が訪れて、治承四年を迎へることになった。

 

平家物語 巻第三

6月の最終日は曇りがち。雨にはならなかった。