平家物語「行隆之沙汰 1」

2022-05-24 (火)(令和4年壬寅)<旧暦 4 月 24 日>(先負 丁丑 八白土星) Ivan Vanja 第 21 週 第 26774 日

 

さきの関白松殿(藤原基房)の家来に江大夫判官遠成といふものがゐた。この人も平家にとっては不愉快な人物であった。六波羅から平家一門が押し寄せて来て捕らへられてしまふぞとニュースが入ったので、遠成は子息の江左衛門尉家成を連れて、あてもなく落ち延びた。稲荷山(京都市伏見区にある東山三十六峰の南端の山、伏見稲荷大社の近く)に上がり、馬より下りて、親子は相談した。「東国の方へ落ち下り、伊豆の国流罪人、前兵衛佐頼朝を頼もうかと思ったけれども、周囲の見張りも厳しく、ご自分の身ひとつでも自由にならなくてゐらっしゃる。一体この日本の国に平家の荘園でないところなどあるだろうか。どうせ逃げ延びることは難しいであろう。であれば、年来住み慣れたところを人に見られるのも恥さらしだ。今から帰ろう。そしてもし六波羅から人が来たら腹かき切って死ぬのが一番であろう」と言って、川原坂(京都市東山区)の宿所へ引き返した。すると、予想通りに六波羅から人が来た。源太夫判官季貞、摂津判官盛澄、甲冑姿の三百余騎が河原坂の宿所へ押し寄せて、ドッと鬨の声を上げた。遠成は縁に出て「これ御覧ぜよ、をのをの、六波羅ではこの様申させたまへ」と言って、館に火をかけ、父子共に腹かき切り、炎の中に焼け死んだ。

噴水の 風に吹かれて 夏飛沫