持続可能な星

2022-01-21 (金)(令和4年壬寅)<旧暦 12 月 19 日>(赤口 甲戌 二黒土星) Agnes Agneta 第 3 週 第 26651 日

 

文明がまだ十分に発達してゐなかった時代には、信仰を持つといふことを普通の人は割合素直に受け入れたのではないかと思ふ。文明が発達して、世の中に起こる色々な事象を科学の力で説明できるようになると、あまり単純に何でも信じてはいけないのだといふ疑ひが生じてくる。ダーウインの進化論以来、環境に適合できた生き物だけが残って生命は進化するといふことを知ると、その進化の過程には何の目的も設計図もなく、水が低い方へ流れるように、ただひとりでに進化していくだけのように見える。するとそこに見えざる神の手が作用してゐるのかどうか疑はしくもなる。そのような疑ひを知った上でなほ信仰を持つことと、何も知らずに信仰を持つこととでは大きな違ひがあるように思ふ。「天命我を欺かず」。信仰に生きようとすると、「実はそこには何もないのだよ」といふ声が聞こえさうな気がする。本当に何もないのかもしれない。それを知った上でなほ、信仰に生きる道を選ぶことができるかどうかが問はれる。地上の生命は多分宇宙からやってきたのだと思ふ。だから地球よりほかの星に生命があっても不思議ではない。けれども、この太陽系の、太陽と地球と月から成る成り立ちは、広大無辺の宇宙の中で、やはり唯一無二のものであって欲しいと思ふ自分がゐる。その太陽と地球と月の関係も永遠に続くものではない。宇宙的なスパンで見ればどんな星にも誕生があり死がある。でも、自然の摂理によってその日が来るまでは、地球は持続可能な星であってほしい。

f:id:sveski:20220122053901j:plain

あまりに感染者が多いので、教会の活動も今はなされない。