平家物語「有王 3」

2022-01-04 (火)(令和4年壬寅)<旧暦 12 月 2 日>(先勝 丁巳 七赤金星) Punktskriftensdag Rut 第 1 週 第 26634 日

 

ある朝のことである。磯の方より、まるでかげろふか何かのように痩せ衰へた者がヨロヨロとやって来た。もとは法師であったらしく、髪は空へ向かって生え上がり、それにたくさんの藻屑が取り付いてイバラをかぶったように見える。痩せてゐるために関節のところだけふしくれだって見え、皮膚はたるんでゐる。着てゐるものといへば絹か布かの区別さへつかない。片手にはどこかで拾ってきたあらめ(食用の海藻)を持ち、片手には漁師からもらった魚を持ち、歩くようにはするのだが、ゆっくりで、ヨロヨロとなってやって来た。「都では多くの乞食を見たけれども、ここまで貧しいいでたちのものは見たことがない。「諸阿修羅等居在大海辺」といふ言葉がある。地獄道・餓鬼道・鬼生道の修羅などは深山大海の辺りに住むものだといふ意味で、仏様がそのように説教しておいてくださったことから考へると、もしかして私は迷って餓鬼道に入り込んでしまったのだろうか」有王はそんな風に考へるうちに、相手も自分も次第に歩み近づいた。もしかしたらこの様な者でも我が主の行方を知ってゐるかもしれないと思って、「物申さう」と声をかけた。「なにごと」と返事がある。「あなたは都より流された法勝寺執行御房といふ人のお行方を知りませんか」と尋ねた。童は見忘れてしまったが、僧都にとっては決して忘れるはずもない相手であった。「私こそその俊寛だよ」との言葉も、しまひまで言ひ切ることが出来ず、手に持ったものを投げ捨てて、すなごの上に倒れ伏した。さてこそ我が主の今の有様を知ることとはなったが、俊寛はそのまま気を失ってしまった。有王は我が主を自分の膝の上にお載せして、「しっかりなさってください。有王が参ったのですよ。多くの浪路をしのいで、ここまで尋ね参ったのに、その甲斐もなく、どうしてすぐに私に悲しい目をお見せなさるのですか」と泣きながら言った。

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今年になって初めて青空が広がった一日であった。