瞑想する時間

2021-04-19 (月)(令和3年辛丑)<旧暦 3 月 8 日> (仏滅 丁酉 四緑木星) Olaus Ola   第 16 週 第 26364 日

 

瞑想する時間に興味があるのだが、なかなか一日のうちで瞑想する時間を見つけるのが難しい。瞑想の時間は静かに座って、何も考へない様にせねばならない。何も考へない様にするだけなら、寝てゐてもできる様にも思ふが、それはやはり瞑想とはならないのだと思ふ。では歩くときはどうか。周囲の状況に気を使ふとかもあるからやはり瞑想にはならない。若かった頃、特に日本で電車やバスに乗ると僕はいろいろなことを空想してしまふ癖があった。本を読むこともあったが空想の方が楽しいと思った。今でも散歩するときは、のどかな道なので、いろいろなことを空想してしまふ。空想といふとよく聞こえるがつまりは雑念である。たまに気が向くとピアノの練習をすることがあるが、その最中でもどうかすると雑念がわく。すると必ず間違へる。幾つになっても瞑想は難しい。でも、人生にはよく短い待ち時間がある。信号機が変はるのを待つ時間とか、エレベータが来るのを待つ時間とか、人を待つ時間とか。そんなとき、イライラして待つのではなくて、ほんの束の間であっても、心の中を瞑想モードに切り替へてみるって、結構良いのではないかと思ふ。

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庭の水仙が、午後の陽を浴びて思ひっきり開いた。迷ひがなくて美しい。