平家物語「少将乞請3」

2021-01-05 (火)(令和3年辛丑)<旧暦 11 月 22 日> (友引 癸丑 二黒土星小寒 Trettondagsafton Hanna Hannele   第 1 週 第 26261 日

 

丹波少将成經は、舅の宰相(平教盛)のもとに参ったのであるが、西八条からはしきりに早く出頭せよと催促が来た。宰相は「かうなればもう当たって砕けろだな、清盛と顔を合はせてしまへばどうにかなるだろう」と言って出発することにした。少将成經は宰相の車の端に乗って一緒に行った。保元平治よりこれまで、平家の人々と云へば、楽しむことや栄へることばかりあって、愁ひや歎きはなかったのであるが、この宰相に限っては、娘婿が世話のしがひのない人間であったばかりに、この様な歎きをせねばならない羽目になってしまった。西八条近くまで来て車を止めて、来たことを告げて案内を申し入れたところ、太政入道清盛からは「丹波少将成經を、ここから中へ入れてはいけない」とお達しがあった。それで成經は、そのあたりの侍の家で降ろされて、宰相だけがひとり門の中へ入って行った。ひとり置かれた少将を、兵どもがすぐに囲んで守りの体勢を固めた。頼みにしてゐた宰相殿から離れてしまった少将の心のうちはどんなにか心細かったことであろう。宰相は中門まで来たが、宰相の兄である入道清盛は会はうともしない。源太夫判官季貞に取り次いでもらふことになった。「つまらない者と親しくなって、返す返すも残念なことです。が、仕方がありません。妻として添はせてある娘は出産を間近に控へてをります。今朝よりはこのことのために命も絶えんばかりに歎いてをります。成經を生かしておいて何の差し支へがあるといふものでせうか。どうぞ少将をこの教盛に預けてはくださいませんか。教盛がここにこの様にをります上は、どうして間違ひを起こさせることがありませうか」と申し入れた。季貞はすぐに清盛のところへ行ってその様に申し上げた。清盛は「教盛は例のように愚にもつかぬことを申してをる」と言って、すぐには返事もしなかった。しばらく経ってから清盛が言ふことには、「新大納言成親は、我々一門を滅ぼして、天下を乱さうと企てたのだぞ。この少将は紛れもなくかの大納言の嫡子ではないか。お前と遠い関係であろうが親しい間柄であろうが、お前にとりなしはできないぞ。もしもこの謀反が実行された場合を思ってみろ、お前だって安穏にはしてゐられなかっただろう。」季貞は帰ってこのことを宰相に申し上げると、教盛はまことに失望した様子であったが、重ねて言ふには「保元平治よりこのかた、たびたびの合戦にも、兄上のお命の代はりと思って戦って参りました。これから先も荒い風が吹くようなことがあってもきっとお防ぎ申し上げます。たとい教盛は年老いたとしても若い子らがたくさんをります。一方の御固めになるに違ひありません。それなのに成經をしばらく預かることもお許し下さらないのなら、これはもう、教盛に二心ありと疑っておいでとしか思はれません。それほど危ない人間だと思はれてしまったのなら、この世に生きてゐても何の甲斐もありません。もはやお暇をいただいて出家入道し、かた山里にこもって、ひとすぢに後世菩提のつとめを営みたう存じます。生き甲斐のないこの世の生活です。この世に生きるからこそ望みが起こります。望みがかなはぬからこそ恨みが生じます。であればこの世を捨てて仏の道に入るのに越したことはありません。」季貞は再び清盛のところへ行って、「宰相殿はもう綺麗さっぱり諦めておいでです。成經の命はもうどちらでも良い様にお取り計らひください。」と申し上げると、清盛はたいそう驚いて、「さうは言っても、いくら何でも、出家入道まではあまりにも突飛ではないか。そこまで言ふなら少将をしばらくお前に預けると申せ。」と言った。季貞はまた走り帰って宰相にこのことを告げると、宰相は「ああ、人の子など持つものではないのう。娘の因縁に束縛されないのなら、これほど心を砕くことがあったらうか」と言って清盛の屋敷を出て行かれた。

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知らぬ間に雪がちらついたのかうっすらと地表が白かった。