座間事件、死刑にしても何も解決しないのでは

2020-12-15 (火)(令和2年庚子)<旧暦 11 月 1 日> (大安 壬辰 五黄土星新月 Gottfrid   第 51 週 第 26240 日

 

座間9人殺害事件の被告に死刑判決が出た。だが、死刑にしても問題は何も解決しないのではないかと思ふ。僕らは文明社会の中にゐるからあまり気づかないかもしれないが、これは遠野物語などに出てくる猟奇事件と本質的に変はらないのではないかといふ気がする。僕らのもつ合理的判断では説明できない何かしら不思議な力が働いて、人が狂ってしまふことは現代の都会においても起こりうることではないだろうか。その様な不思議な恐ろしい力を怖れることがまづ大事ではないかと思ふ。普通の人は皆、自分は正常な精神の持ち主だと思ってゐるが、それは大抵非常に危ういバランスの上に成り立つだけであり、ちょっとしたきっかけで人の心は甚だしく安定を欠く様になるものだ。人の心の問題に洞察を進めることなく、事件の被害状況などから形式的に裁判で死刑にするだけでは問題は解決しないと思ふ。

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雨の中の歩道。左は小学校。その先の校庭では子供達が濡れながらボール遊びをしてゐた。