平家物語「西光被斬5」

2020-11-15 (日)(令和2年庚子)<旧暦 10 月 1 日> (仏滅 壬戌 八白土星新月 Leopold Söndagen f. domssöndagen   第 46 週 第 26210 日

 

太政入道清盛は雑色(摂関大臣家などに仕へて労役駆使を勤める無位無官のもの)に使ひをさせた。行き先は中御門烏丸新大納言成親卿のお屋敷である。雑色は言はれた通りに「お打ち合はせしたいことがありますから必ず清盛のところへお立ち寄りください」と申し上げた。大納言は自分のことで呼び出しがかかったのだとは思ひもよらず、「ああ、是は法皇様の叡山をお攻めになろうといふご計画をやめていただく様にご相談があるのであろう。法皇様のお怒りは深い。おなだめしてもどうにもならないだろうに」と言って、狩衣をやはらかに着ならされ、あざやかな車に乗り、侍を三、四人連れて、雑色牛飼に至るまで、いつもよりあでやかに装ってご出発になった。それが最後のいでたちになろうとは後になってやっと分かったことである。西八條が近くなると、四、五町に軍兵が満ち満ちて来た。「おやおや、何といふ大勢の人たちだ。一体何事があったのだろう」と胸の内が騒ぎ始めた。車より降りて、門の内に入ってみると、内側も蟻の這ひ出る隙もないほどに兵どもが満ち満ちてゐた。中門の入口に恐ろしさうな武士がたくさん待ち受けて、大納言の左右の手をとって引っ張り、「しばるのでございますか」と聞いた。入道相国清盛はこの様子を簾の内から眺め、「そこまでせずとも良い」と言ったので、武士ども十四、五人は、大納言を前後左右に立ちかこみ、縁の上に引っ張り上げて一間に押し込めた。大納言は夢でも見てゐる心地がして、まったくわけがわからなくなってしまった。お供をして来た侍どもは離れ離れにされた。雑色・牛飼も色を失ひ、牛・車を捨てて逃げ去った。

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雲が地表に降りたかの様な湿り気の多い一日であった