平家物語「祇王(その2)」

2020-05-18 (月)(令和2年庚子)<旧暦 4 月 26 日> (大安 辛酉 七赤金星) Erik  第 21 週 第 26029 日

 

仏御前は結果として祇王を追ひ出した格好になったのだが、彼女は決して「それは実力だから仕方のないことね、あたしのせいぢゃないわよ」といふ見方をしなかった。それどころか、自分のした事を振り返り、居ても立ってもゐられず、怏々として楽しまぬ毎日を送った。清盛は祇王の元へ、仏を慰めにこちらへ来て舞へと使ひを出した。祇王は返事もしなかったのだが、母のとぢは現実的な考への人で、清盛の命には背かぬが良いと説得。祇王が嫌々ながら清盛の館へ行ってみれば、通された部屋は遥かに下がりたる座敷であった。二重に傷ついた祇王は宿所に戻ると、身なげしたいと言った。すると妹の祇女までが、「あね身をなげば、われもともに身をなげん」と言ひ出す始末。とぢは慌てて、二人とも身をなげるなら私も生きてはゐられない。お前たちは死期も来たらぬ親に身をなげさせるのだね」と脅す。それで祇王は自害を思ひとどまリ、都の外へ出ることになった。とぢは不本意であったが、結局親子三人は尼となり、嵯峨の奥なる山里に柴の庵をひきむすび、念仏してこそゐたりけれ、といふことになった。それまでは高収入の生活であり、京で過ごした贅沢な暮らしからすればものすごい落差となった。今の世に、コロナで自粛する人の中には同じ様な大きな落差に苦しむ人もあるかもしれないが、祇王の場合はそれを自ら求めたのである。実際、祇王が清盛のもとを去ったことを知った京中の上下は、競って祇王を求めようとした。その気になればいくらでも再就職の道はあったのである。

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色々な形の雲を見るのも楽しい。