昔の人は偉かったのか

2020-05-10 (日)(令和2年庚子)<旧暦 4 月 18 日> (先負 癸丑 八白土星) Esbjörn Styrbjörn   第 19 週 第 26021 日

 

平家物語祇王が唄った今様に「仏も昔は凡夫なり」といふ一節がある。釈迦も最初は凡人だったのだから、誰でも修行を積めば仏となることができる、といふ意味(大辞林による)であるが、特に修行を積まなかった人でも亡くなってしまへば仏様として崇められてしまふ雰囲気がある様に思ふ。その人のことを散々ボロクソに言っておきながら、その人が亡くなると、生前の業績を褒めたりする人もある様に思ふ。もっと言ふと「明治時代の人たちは偉かった」とか一般に「昔の人は偉かった」とみなす雰囲気があるのでは無いかと思ふ。

ある意味ではそれは正しいのかもしれないが、一面でしかないと思ふ。人間といふものの根本的なところは昔からさほど変はらないのではないかと思ふ。つまり、偉い人は今の人でも偉いし、昔の人でも偉くない人はたくさんゐたと思ふ。

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手前の銀杏には若葉がまだ出ない