300,000 の墓標

水 旧暦 1 月 13 日 先勝 辛卯 七赤金星 Maria V09 25222 日目

今日の地方紙 Södermanland Nyheter に、白い十字架が無数に、しかし整然と列をなして配置された写真が載ってゐた。なんだろうと思って見ると、1916 年の第一次世界大戦で Verudun の戦ひに散ったフランス兵とドイツ兵の墓標であるらしく、その数、300,000 体を超えると言ふ。かつての戦場は広大な墓地と化したのだった。その写真を見ると、百年を経てなほ、死者の霊があたりに漂ふ様な異様な雰囲気がある。同じページにもう一枚写真があって、こちらは傷ついた兵士が担架で戦場から運ばれて行くところ。傷を負ってゐるのはアメリカ兵で、その写真の撮られた場所は沖縄。時は 1945 年、第二次世界大戦末期の写真である。そこでは 17000 人のアメリカ兵と 94000 人の日本兵が戦死したと書かれてゐた。控えめな数字である。犠牲になった住民も含むとその2倍以上ある。でも、なぜ唐突にそんな写真が新聞に載ってゐるのかといへば、世界の情勢が緊迫してきてゐることへの警告である。1945 年以来、世界を巻き込む規模の大戦争はなく、比較的平和な時代が続いたが、それはいつまで続くだらうか、最近の研究は、一般に予想されるよりも簡単にこの平和が崩れてしまふ恐れのあることを警告してゐた。戦争を避けることは僕たちの義務である。平和憲法を持つ日本の役割は世界の中で大きいと思ふ。