無意識の差別

火 旧暦 10 月 4 日 先勝 壬子 三碧木星 Helga Olga V47 25123 日目

「朱に交はれば赤くなる」悪い友達と付き合ふと、ものの考へ方が悪い方に染まってしまふ。それも、ある程度自分に判断力がついてからなら適当に対処できるけれども、まだ子供のうちは染まりやすい。それで、僕の子供の頃などは遊び友達の選び方に気をつける様に親から言はれたものだった。ある意味でそれは差別なのだが、その方針は一理ある。住む地域には町立の小中学校があり、いろいろな生徒・児童が集まる。中にはむろん悪い子も居るのだが、それもひっくるめて、学校で社会を知る手がかりにはなった。でも、最近の都市部などでは、小学校や幼稚園からお受験とかあって、ある学校にはある層の子供たちだけが集まる様に出来てゐるらしい。格差社会はそこからもう始まってゐる。彼らには差別の実感はないと思ふ。でもそこで生じた格差の結果として、社会には変な犯罪が増えたり、むやみに相手に土下座を求める様なクレーマーが出て来たり、道路であおり運転をする様な輩が出て来たりする。エリート教育といふ言葉があるが、エリートは放っておいても伸びて行くから、本来、教育など不要である。どうかすると、落ちて行ってしまふ子供達を見守ってやるのが教育ではないかと思ふ。格差が広がった社会は必ず不安定になり、住みにくくなる。日本は良い国だなんてのんびり思ってられないんぢゃないかと思ふ。